合同会社サンシャイン・ラボ 代表の松原です。
前回のブログは「陽のまど」と「太陽光発電」の違いというテーマで書かせていただきましたが、少し太陽光発電に否定的な内容になってしまったように思います。私は太陽光発電という技術を悪いとは思いませんが、自家発電しているのだから、その分は電気を使ってもいいという考え方だと、どんどんエネルギー多消費な暮らし方に向かってしまうと思うのです。それではどんなに発電しても足りないでしょう。本来は、原発を稼働させなくても賄える電力供給網を整える事が目的だったはずなのに、いつの間にか個人の消費と売電による利益を得るためだけのものになってしまいました。それが残念でならないと感じているのです。今が良ければそれでいいのか!? そのツケを払わされるのは私たちの子供や孫たちなのではないか!? みなさんはどう思われますか?
50年後のことを想像してみよう!
最近、小さい子供を見ると胸が苦しくなります。(狭心症ではないですよ) 私が育ってきた昭和40年代、50年代には、明るい未来が想像できていましたが、右肩上がりに伸びてきた経済のピークを過ぎて、この先はどうでしょう。色々な意味で過酷な時代になって行くように感じます。その中を生き抜いていかなければならない子供たちの未来は厳しいものになって行く気がしてならないのです。
20代の若者に訊ねました。「50年後のみなさんはまだ70代で、事故とかにあっていなければ元気に過ごしていると思いますが、その時に現在と同じような便利で快適な暮らしが出来ていると思いますか?」と。この質問に対して彼らは、しばらく考えた後に「無理かもしれない」と答えました。気候変動の激化、地震や台風など自然災害の増加、エネルギー問題、人口の減少、世界を含めた社会情勢の悪化などを理由に挙げていましたが、みんな明るい未来を想像できていないようです。自然の脅威は、人間の力で抗う事はできませんが、エネルギー問題などは、工夫と努力次第で持続可能な状態にすることは出来るでしょう。枯渇させてしまってからでは遅いのです。自分の子供や孫たちが50年後、100年後に困らないためにも、今できる事から始めるべきではないかと思うのです。
持続可能な社会とは?
ここ数年、SDG’sという言葉を使う企業、団体は多いですね。国連本部のwebページに掲載されているSDG’sの説明は↓のような内容で「持続可能な未来を築くための青写真」と言っています。
SDGs(エス・ディー・ジーズ)とは? 17の目標ごとの説明、事実と数字 | 国連広報センター
それで、これを実現すべく多くの企業や団体が、SDG’sの旗を掲げている訳ですが、内容としては17の目標の7、8、9、11あたりの事を指して、自社のテクノロジーで持続可能な社会を実現したいという考えなのかなと思います。でもテクノロジーだけでそんな世界がつくれるのでしょうか?具体的に持続可能な社会ってどんなものなのでしょう?↑を読んでみても正直、想像がつきません。
このブログにも書きましたが、私はこの夏休みに青森県の三内丸山遺跡を訪問しました。ここは今から6000年くらい前に栄えた縄文時代の集落跡ですが、縄文時代は全体で約一万年も続きました。我が国の記録が残されている歴史は、せいぜい2000年足らずしかありませんが、縄文人はその5倍の長さを穏やかに暮らしていたのです。これぞ正しく持続可能な社会の具体例ではないでしょうか。テクノロジーを用いようが、何をしようが構いませんが、せめて1000年くらいは持続できる可能性を目標に掲げなければ、意味がないように思います。テクノロジーの話はエネルギー問題に直結しますが、現在の化石燃料に依存したエネルギー利用では、とても1000年は持たないでしょう。だからこそ無限と言っても過言ではない太陽エネルギーの積極的な利用を考えるべきだと思うのです。特に熱利用は、持続の実現性が高いのではないでしょうか。そういうつもりで私たちは「陽のまど」の考え方を後世に伝えて行かなければならないと思っているのです。



