流行に左右されるもの

ヒノムくんの日常ブログ

おいしい建築研究所 研究員のヒノムです。

先日は、所長と一緒に山梨県、長野県の現場へ行きました。所長が青トラ訪問記で書いているように騒音トラブルも施工指導も無事に終える事が出来て良かったです。
原村の現場を後にした私たちは八ヶ岳高原ラインを通って清里へ向かいました。途中、山梨県立まきば公園で一休み。雲が無ければ富士山も見えたと思いますが、残念ながらこの日はダメでした。しかしあまりに清々しい場所なので、二人ともかなり長い時間ボ~っと緑の丘陵を眺めていました。白ヤギさん達も気持ち良さそうです!

山梨県立まきば公園
「高原の原宿」清里

何年かぶりに清里にやってきました。特に目的があって立ち寄った訳ではありませんが、JR小海線の清里駅周辺をちょっとだけ歩いてみました。清里と言えば1980年代後半のバブル期には「高原の原宿」などと呼ばれて、当時の若者たちに大人気の高原リゾートでした。所長が大学生の頃がピークだったそうで、メルヘンチックな建物が乱立し、タレントショップなどがいっぱい有って、若い女の子たちで物凄く賑わっていたのだとか。でも今は廃墟と化した建物が残されたままの虚しい雰囲気の高原リゾートになっています。

JR小海線 清里駅

シャッターが閉められ「空き店舗」の看板が掲げられた建物や立ち入り禁止にされている施設が点在しています。太陽光発電に置き換えられてしまった土地も結構ありました。このような光景は清里に限った話ではなくて、全国のあちらこちらに存在していると思いますが、これらを見る度に想う事があります。
例えば清里に関して言えば、自然はバブルの頃も現在も何も変わっていません。八ヶ岳も昔からの姿のままでそこにあります。もしそれらが無くなってしまった、見られなくなってしまったというのであれば、廃れても仕方がないですが、自然は今も昔も変わっていないのです。では人々は東京からわざわざ2時間も掛けて清里までやってきて何を見ていたのでしょう?自然が目的では無かったのだという事は、はっきりしていますね。
「高原の原宿」などと呼ばれて華やかだった清里。最近の原宿のことはよく知りませんが、原宿化されてしまっている場所は、あちらこちらにありますよね。先月ですが神奈川県鎌倉市にある小町通りを訪れたのですが、まさにそういう雰囲気の街並みになっていました。外国人観光客も多くて凄い賑わいです。小町通りが廃れて清里のようになってしまうという事はないかもしれませんが、昔の味わい深かった通りの面影は全く感じられませんでした。このようにどんどん新しいものに上書きされて行ってしまうやり方ってどうなのでしょうね?

鎌倉・小町通り

話は変わりますが、かなり以前に所長が↓のようなブログの記事を書きました。

空気集熱式ソーラーの役割 – サンシャイン・ラボ

「空気集熱式ソーラーは過去の技術だ」と言われてしまって、この技術に対する世の中の評価は、そのようなものなのだと認識させられましたが、ただ確かなことは、太陽は今も昔も変わらず地球を照らしてくれているという事です。設備的な視点で見れば過去の技術と捉えられても仕方がない部分があるかもしれませんが、太陽熱エネルギーを利用するという考え方に古いも新しいもないのです。大切なことは流行に左右されずに人にとっても、地球環境にとっても、良いと思われるものは積極的に利用して行くこと。「高原の原宿」を訪れてみて「陽のまど」を過去の清里のようにしないために頑張って行かねば!と改めて思った次第です。

清里駅周辺は、バブルの後遺症的な雰囲気が未だに漂っていますが、新しい価値観での清里の姿も見ることができました。それは自然との融合が感じられるような提案になっていたので、これらがどのように成長して行くのか見守ってみたいと思いました。